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 三枝城跡

          
  三枝城跡は城主三枝氏十代二百十余年間の城跡で、城は長寛2年(1164)に三枝備中の守民部少輔正頼が築城した。正頼は平家に加勢して一の谷の合戦にも出陣した武将です。
  それより頼景・頼次・頼信・頼仲・頼延・景章・景恒・頼邦と子孫が続き、頼邦の子三枝三郎土佐守頼成が三枝城を受け継いだ翌年の、北朝永和三年(南朝天授三年)1377年6月落雷のために城の大半が焼失してしまいました。
  頼成は当時の城としての機能に不便を感じていたようで、采地の小野市河合中町に河合城を築き、その城に移りました。城跡は的場山寶積院のあるところとその付近です。三枝城は夢前町内で最初に築かれた城であります