ご挨拶

学校を退職して、二束の草鞋(あまり良い言葉ではないが)から開放されて、はや16年が過ぎ去ろうとしている。時間の経過は本当に早い。心理的な時の流れは、暦年齢に反比例すると言うが、まさにその通りである。
退職前は時間を持て余すのではないかと、心配もしていたが、そんな事は全く杞憂に終わってしまっている。退職を待ってましたとばかりに、いろんな役職がドーンと廻ってきたり、学校では学校運営があるように寺院運営も大変であり、超多忙な毎日を送っている。晴耕雨読の生活は今のところ夢物語になってしまっている。しかし乍ら、これをポジティブに捉え、これまでの不義理の恩返しのつもりで、少しでも皆さんの役に立つように誠心誠意、努めようと思っている。人のために生きてこそ本当の楽しみが生まれてくるような気がしている。
古代インドには、人生を学生期、家住期、林住期、遊行期と四つの時期に分ける考え方があったようであるが、それに当てはめると、今まさに林住期、生きるための仕事からリタイアして、人生とは何かを思考したり、また趣味に生きるもよし、人のためにいろんな世話をしたり、人生の中で最も充実した時を過ごしているように思える。
まず、天台宗開宗1200年慶讃一願一行事業として塀、石垣の修理と懸案であった裏山に点在する三十三観音の修復を行った。三十三観音は江戸時代末期に地元住民らが、家内安全、五穀豊穣を願い造ったものであるとされている。石仏の観音像は西国三十三観音霊場の観音を現し、石を積んだ祠に祀られている。当時はローソクの灯が遠くからも見え、万灯山とも呼ばれていたようである。
不思議なことに修復工事が終わった直後の検診で、持病の糖尿病が消えてしまっていた。勿論、勤めから開放され、ストレスが軽減されたのと山の坂道を何回も往復し、運動量が格段に増えたことが一因と思われるが、霊験あらたかな観音さんのご利益もあったのではないかと思っている。
一番観音の祠の横に伝教大師(最澄)が言われた「己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり」の言葉を刻んで記念碑を建立した。
三十三観音の修復後も檀家の皆さんに呼びかけ、一隅推進運動の一環として、参道の整備と周辺に植樹を行っている。カエデ、モミジ、つつじ、アジサイ等が順調に生育しており、数年後の春のつつじと秋の紅葉が楽しみである。
今春、森林組合により裏山の間伐も行われ、参道周辺の木々を伐採し、見通しも大変良くなり登り易くなった。また、19番、20番観音前周辺の桧も数本、総代の南 俊廣さんが伐採され、不動尊前(かって休み堂があった所)の広場からの眺望も一段と良くなった。
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